大賑わいの夏まつり!

7月19日

今年も晴天に恵まれ、夏まつりが催されました。 みんなが協力して祭りは大成功でした。美味しいものを食べ、模擬店コーナーで遊んだり、オモチャを買ったり、皆さん祭りを満喫出来ましたか? (詳細はこちら

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 『お父さんのあそび心』

                                         理事長 能登真作

 お父さんの出番は、思春期になってからでは遅すぎる。「小さいうちはお前にまかす。いずれ高校受験の頃になれば、おれが面倒見るようだからな」なんて思っていても、今の時代は『親の権威』なんて地に落ちてしまったから、親しみのない父親の意見なんて素直に聞く子はまずいない。反発されて「何を生意気な。誰のおかげで大きくなれたんだ」などとわめいてみても、後のまつりである。
 幼いときから遊んでもらって、「お父さん大好き」という子どもは、いざという時、お父さんを思い起こすだろう。親の方から見ても、ふだん遊んで子どもの性格や希望をつかんでいれば、いつか壁に突き当たったときのシグナルを見落とすことはあるまい。
 わたしの親は、明治の人だから、子どもと遊んだりはしなかった。親は遊んでくれなくても、近所にはガキ大将がいて、みんなを率いて遊び歩いたものだ。面白いことも危ないことも、悪さの手加減も、ガキ大将とともに学んで育ったと思う。今の子どもの生活は、物は豊かだが、こうした人間的な体験という意味ではあまりにも貧しすぎる。お父さんの出番のゆえんは、このへんにある。
 そうは言っても、小さい子どもと何をどうして遊べばいいか、遊び方を知らない若いお父さんも多いようだ。手っ取り早いのがドライブ、遊園地、ファミリーレストランだ。だが、これはどれひとつ遊びには入らない。むろん子どもは、メカもスピードも大好きだから大喜びする。でもこれによって子どもが何を獲得するというのだろう。そのうち「おふくろの味はマクドナルド」などとなりかねない。
 子どもと遊ぶのに金はいらない。すもうを取るもよし、紙ひこうきを折って公園に飛ばしに行くもよし。
 遊び心があれば遊びはどこにでもある。
 アスレチック作りに参加したお父さんたちは「『その』の子どものため」と考えて頑張ってくださったのだが、作ること自体が面白いと思う遊び心がなければ、あれだけの仕事はできなかったろうと思う。

(『子どものそのだより』1995年11月15日より)

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<おとなが遊んで再発見>

                                         保育士 深野 和久

 「遊びの楽しさを親から子へ」という初期の目的に加え、ここ数年「親も子も夢中になって遊ぶ」を合言葉に取り組んできました。それは、おとな自身がどれだけ豊かな遊びの経験を持っているかという事が今、問われているからです。
 どろだんごに挑戦したお母さんの感想からも、親と子格闘の様子が伺えます。
 「子供にああでもない、こうでもないとおこられ、終いには、やってあげようかといわれてしまいました。さわるなー。お母さんは自分でつくるんだからー」とむきになっている、素敵なお母さんです。
 ベイゴマ大会では、お父さん・お母さん・保育者・卒園児・在園児、そして能登さんも参加して総勢32名、盛り上がりました。おとな対子どもでも手加減なし、子どもたちは文句言いません。勝敗よりも、自分がおとなと互角に遊べるのがうれしいんです。むしろ、「こんなはずではなかったのに」と悔しさを味わったのは、お父さんの方かもしれません。
 「まつり」の片づけが終わった後も、お父さんたちはベイゴマに夢中で「あと1回、あと1回」と、時を忘れていました。
 ぶんぶんごまの準備段階でお母さんたちは「こんなの回らないよー」といって、半分あきらめムード。竹で作るなんてとんでもないという感じでした。ところが1度こつを覚えるとだんだん目の色が変わり、欲も出てきて「やっぱり竹のもつくろう」と慣れない手つきでノコギリをひいて、お昼も食べずに作りました。
 練習では、親が子供に手を添えて一緒に回したり、一方の端を親、もう一方を子どもが持って二人で回すやり方で、まさに親子で共に楽しんでいる様子でした。
 「ファミコンやビデオを忘れて、昔ながらの遊びに興じる子そもと同じ目の高さにたって過ごせる日」「親子そのまつりって<その>の保育の原点だね・・」この気持ちを「親子そのまつり」1日で終わらせない為にも、やっぱりおとながもっとあそばなくては…、と強く感じました。

 子どものそのだより 1999年2月6日発行 No.91

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