・私はなぜ「その」を選んだか
選んでどうだったか

娘を入園させたパパから

        ざりがにを釣るらいおん組の子どもたち

 (らいおん組のお父さんの投稿を紹介します)

 長女を「その」に行かせることに決めたのは家内です。教育熱心なタイプとはいえない家内が、なぜか幼稚園選びには一生懸命で、いくつかの園の説明会に参加し、たまたま「その」で園児による人形劇を見学して、直感で「そのにしよう!」と決めたそうです。
 劇が終った後、園児が一人ずつ元気に自己紹介する姿を見て、内気な長女があんな風に育ってくれたらと思ったそうです。友人から「ももちゃんの性格では、そののパワーに負けちゃうよ。」のアドバイスがあったようですが、決心は変わりませんでした。

 あれから2年。相変わらず内弁慶なところはありますが、意思表示、できないことへのチャレンジなど精神面で大きく成長しました。泥んこ遊び、お散歩、ザリガニ釣り、夏祭、お泊り会などの楽しいこと中心の生活、友達とのコミュニケーションを通じて成長したのだと思います。
 また、先生が一人一人の性格、成長に合わせて対応していただいているおかげだと思います。

 幼児期にしかできないこと(小学生になってからでも間に合うことではなく)をたくさん体験させてくれる。それが「その」の一番の魅力だと思います。園の説明ではなく、園児を見て決めた家内の判断は正しいものでした。
 来年からは次女が「その」に通います。

                                         2004年10月15日 那須郁夫


  ちゅうりっぷ組 内田 海成の母 夕紀

 私たちが子どものそのを選んだ理由は、何を隠そう、私が「その」の卒園生だからです。 卒園しておよそ25年経ちますが、いまだに年長の時のさまざまな行事のことを覚えています。
 お泊り合宿のキャンプファイアー、「エルマーとりゅう」の本がとても好きだったこと、人形劇(その時、黄色い猫の人形の役だったことも覚えています)。なぜか一番記憶に残っているのは、皆で育てたきゅうり、なすで塩もみを作ったこと。手のひらにちょこんと乗せてもらった塩もみのおいしさ、もっと食べたい!!と思ったことも鮮明に覚えています。

       川遊びでへびを捕まえたお父さん

 また、能登先生も私のことを覚えていてくださり、入園説明会の時には「夕紀ちゃんの好きだったワンタンスープはまだ給食の献立にあるよ」と教えてくださいました。

 バス停のお母さんたちにその話をすると、「私は自分の幼稚園の時のことなんてほとんど記憶にない」と、みなさんおっしゃいます。それだけ、「子どものその」での体験は私の記憶の中にしっかり刻まれるほど強烈なものだったのかもしれません。

 子どもにもそんな楽しい思い出をたくさん作って欲しいと思い、迷わず「子どものその」に入園を決めました。海成は早生まれ、頑固な性格ということもあり、色々ご面倒をかけているみたいですが、のんびり、彼のペースを受け止めて「その」へ慣れさせようとしてくださる先生や職員の皆様の努力のお陰で、入園して二ヶ月近く経ち、ようやく海成なりに「その」の生活を楽しむようになってきたみたいです。家では「はるってすてきだね」を歌い、マイクを持ってはバスの点呼の真似をしています。給食も初めは食べなかったようですが、最近では好きなおかずをおかわりできるようになったみたいです。

 何より驚いたのは、テレビを全く見なくなったことです。代わりに絵本が大好きになりました。本屋さんでは「その」で読んでもらった本を「これ○○先生が読んでくれた」と教えてくれます。おもちゃ売り場でも「買って〜」と泣くことなどない海成が、絵本コーナーを離れたくないと大泣きします。絵本というのは子どもにとって楽しいものなのだなと改めて感じ、今までビデオを見せていた自分を反省しました。きっと、母親や父親に添い寝してもらい、すぐそばで読んでもらうのがうれしいんですね。

 入園二ヶ月でこんなにも変化あるのに夫婦ともに驚いています。これから、ますます楽しい行事があると思いますが、親子でたくさんの体験をして、海成が30歳になったとき、「その」の色々なことを思い出せるくらい、すてきな園生活を送って欲しいと思います。


    すみれ組 後藤ぐんの母 多加美

 新聞の折込みチラシで「子どものその」を知ったのが運のツキでした。でも実はその前に、保母をしていた独身のころ、”ちいさいなかま”という保育誌で目にしていたのです。そのときは「犬が飼えるなんていいなあ」なんて思いました。 まさかわが子がここに通園することになるとは夢にも思ってなかったし、幼稚園選びの重要性も分かっていなかったずいぶん前のことでした。
 何を隠そう、我が家から徒歩1分のところにM幼稚園があります。送り迎えの便利さを考えれば、文句なしにここ。
 近くにはG幼稚園、F幼稚園もあって、小学校関係を考えれば普通はこの辺に落ち着くところでしょうね。私はこの他に秋にかけてK幼稚園にも、N幼稚園にも出向きました。


  小麦粉ねんどを作る年少組の保育参観

でもやっぱりだめ…。
 夏に見学に行った「子どものその」のことが頭から離れなかったのは私だけではなく、4歳の娘自身が心に決めてしまったくらいでした。何か温かい独特の雰囲気が分かるのでしょうか。決してキレイではないし、遠いし、保育料は高いし…。(でも、保育の濃さを考えたら、そんなことはなかったですね)。
 残念なことに夏の時点では抽選にもれたのですが、そこであきらめずに空き待ちをし、何度も電話をかけました。あのときのあの粘りが、長女(いま小1)の幼児期の幸せをつかんだと思うと、低い鼻も高くなります!
 バトンタッチで4月から「その」に通い始めた3歳の長男も、あんな充実した幼児期の時間を過ごせると思うと楽しみです。


     とんぼ組 松本涼花の母 典子

 知育重視の幼稚園でいわゆる「ぐずで、できない子」のレッテルをはられ、灰色の2年間をおくった私は、娘の入る幼稚園はとにかく、のびのび楽しく遊べるところにしようと思っていました。
 そんなとき、娘とよく遊んでくれていた近所の女の子が「その」を教えてくれました。彼女いわく、「ほんっとに楽しいんだよ〜、今でも夏祭りとかよく行くし」。子ども自身がそういうふうにいうなら「ホンモノ」に違いない、と直感、HPをのぞいたり説明会に参加したりしているうちに、それは確信にかわりました。
 「のびのび保育」を掲げている園は他にもいくつかありましたが、そのなかで「その」を選んだ最大の理由は、給食と


保育参観。舟つくりで先生の説明を聞く年長組

図書室でした。添加物の心配がない手作りでとてもおいしい、偏食の子も食べられるものが増えるというOBの方の話に、私がぐらりときたところに、あの本がいっぱいの図書室。絵本好きな娘はなかなか帰ろうとしませんでした。キャラクターがあふれ、雨の日にはアニメビデオをみせるという他の幼稚園に違和感を感じていた私たち夫婦は、その姿をみて「ここしかない」と思い、他の幼稚園の説明会は参加せずにそのに決めました。
 とはいえ、「小学校にあがってから同じ幼稚園がほとんどいない」ということに一抹の不安を感じたことも事実です。でも、能登さんは「そのの子は友だち作りの天才」とおっしゃっていたし(実際、そのを教えてくれた子をみてもそんな感じでした)、近所の子と、幼稚園でも帰ってきてからも一緒に遊ぶよりは変化があっていいだろうと視点をかえると、そんなに気にならなくなりました。
 実際入園してみて、そのの保育は、「やりたい放題の自由保育」ではなく、発達段階にあわせて綿密に考えられた保育計画をバックボーンにした「体系立った自由保育」だと、おりにふれ実感しています。いろいろな活動がジクゾーパズルのピースのようにはまるところにぴたっとはまり、最後には「いきる力」という大きな絵が完成する・・といった感じでしょうか。ピースをひとつひとつうめていくような子どもの成長はみていてほんとうに楽しいし、誇らしいです。



   保育参観でバッグを作る年中組

       とんぼ組 西田太一の母 容子

 親から離れたところで『自分』を見つける場所だと思って、そのに入園させました。
 私がわが子に望むのは”健康”、そして『自分』というものをしっかり持ち、”夢”を持って生きることです。そののように子どもを尊重し、”自由”を与えてくれる幼稚園は少ないと思います。限りない”自由”の中で強い心を作り、自分の世界を広げていくのだと思います。
 今は私の知らない世界を、伸び伸びと過ごすわが子を、頼もしく思っています。
 ◇良いと思うところ◇
*給食が手作りでいろいろな素材をつかってくれること。
*年少組は人数が少なく、すみずみまで目が行き届くこと。

*お箸の持ち方など、細かなことまでていねいに教えてくれること。
*絵本をたくさん読み聞かせしてくれ、子どもの世界が広がること。
*連絡ノートなどで先生が子どもの様子を教えてくれ、心配事などについてもよく指導して  くれる。
*子どもを叱らず、先生がよく話を聞いてくれること。
*先生が本気で遊んでくれること。
*子どもを一番に考えてくれて、何よりも”自由”であること。


      ばった組 海野杏樹の母 朋代

 そのを選んだ理由…それは小さいうちに自然の中でいっぱい遊んで育って欲しかったから。この当たり前の事が現代社会ではとても難しくなっていると感じたからです。
 私自身はそんな中で育ちました。決して田舎育ちではなく、首都圏の公団の団地育ち。団地の敷地内には車の入ってこないスペースが広くあり、整備された公園もありました。でもお友達とつるんで行くところは団地のそとのひろ〜い原っぱ。その頃は団地の外にもそんなところがいっぱいありました。そこでしたことはシロツメクサやレンゲつみ。四葉のクローバー探しや蛙、ザリガニ捕り。教科書からではなく、自然の中からいっぱいいろんなことを感じ、覚えました。


    手遊び(年少組の保育参観で)

そういう当たり前のこと、でも現代では時間的にも場所的にも難しくなってしまったことを、我が子にはいっぱい幼児期に体験してほしかったからです。
 この時期必要なことは、早期教育でまだ育ちきってない脳みそにいろんな知識を詰め込むのではなく、学校に行き始めてから勉強で使うことになる体や脳、五感を育てておくことではないでしょうか? 柔軟にしておくことではないでしょうか?
 勉強は学校に入ってからで充分です。長男は5年生になりました。同じ学年に何人かその出身者がいますが、みんな勉強もよくできるようですよ。


         三芳町在住 後藤多加美

 入園説明会の日、外でダイナミックに遊んでいる年少や年中の子どもたちの姿もさることながら、部屋で真剣に話し合い活動をしている年長さんの姿に感動して、安心して「その」を選びました。
 なんて実のある時間をここで過ごすか、わが子が実際に経験してきてびっくりです。あらゆる場面で、一人ひとりの思いや成長、その子自身をありのまま受けとめて大事にしている保育、どんな子も必ず輝かせてくれる保育、つまりいい子やいいクラスにまとめようとするのではなく、一人ひとりの良さや力を引きだしてくれる保育なのです。そのことが頻繁に出される通信や個人の連絡ノートで信頼関係が結べるところも、子どものそののいいところだと思います。


  牛乳パックで舟をつくる(年長組)

 4月から1年生になった長女は、そんな「その」で培ったたくましさで、新天地でも生き生きと毎日を過ごしています。


                                                 ちょうちょう組 大原 英生 母

 理由はたくさんありますが、とにかく子どもにはどろんこになって遊んで欲しかったんです。上の子の時にはフルタイムで仕事もしてたし、残業も山ほどありました。「その」オレンジさんでも間に合わないくらいに・・・。でもどうしても遊んで欲しくて、仕事を変えて「その」に入園しました。 いま上の子は4年生、のんびり屋ではあるけれど、勉強も遊びも友だちも習い事も、亀の歩みで確実に足元を固めています。一生懸命な姿はキラキラしています。これも個性を大切にして下さった先生方のおかげです。
 下の子の時は条件がまったく違って、さいたま市からの通園を考えなければいけなかったのです。近くの幼稚園と「その」を天秤にかけました。鼓笛隊のあるところ、サッカークラブのあるところ、何にも無いけど近いところ、でも「その」で育った上の子を見れば、答えはすぐにでました。


     保育参観 小麦粉粘土の前に

 たくさん遊んでぐっすり眠っている子どもの寝顔をみても「その」でよかったなと思っています。



私もひとこと

                      ばった組 湯浅 一弘 父:一臣

 親となり、漠然と真っ直ぐに伸ばしてやりたいと考えていました。
 広告で「その」を知り運良く、生きの良い在園児、園児と夢中で遊べる中学生・高校生の卒園生、「その」の素晴らしさを必死の形相で説いてくれる素敵な親御さんと知り合うことができ「その」に決めました。
 入園した年は、月に1度位熱を出して休んでいたのが、今年はまだ1度もお休みしていません。折に触れ逞しい「生きる力」が着実に育まれている事が実感できます。

                              ばった組 小泉かづきママ

 「その」を選んだ理由のひとつは、幼少時代に、とにかく広いところでノビノビと思いっきり遊ばせてあげたかったからです。勉強は学校に入ってからで十分だと思っています。ドロンコで洋服・くつが汚れて帰ってきた時、ママはとっても嬉しいです・・・元気に遊んできた証拠だからネ!!

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  参考に左のホームページもごらん下さい  

    深野和久作詞・作曲 「かまきり」
           (プラグイン 神田清広)
              (2002年6月26日)